いのちの長さは誰が決めるの?

と、随分とまあ、哲学的なタイトルつけてみたけど。

誰なんだろうね。

俺もわからない。


無神論者でなければ、「神様」というのが一般的な答えでしょ。

或いは、ヒネクレ者だったら「殺人者」と答えるだろうし、さらに上をゆくヒネクレ者なら「裁判官」とこたえるだろう。
まあ、「裁判官」という答えは死刑を続けている国に限る、と補足せねばならないが・・・。


で、実際のところ誰なんだろうね。

ここで断っておきたいのが、今言っている「いのち」というのはなにも「人間のいのち」に限定して言及しているのではないということ。

動物のいのち、植物のいのちなど、自然界における様々な「いのち」を指している。

それを踏まえた上で、さあもう一度、上の問いを考え直してみよう。

ん?
それでも「神様」?

確かに、神様でも半分正解だろう。
神様の存在を科学的な証明にもとづいて否定しない限り、「神様」という答えが間違っているとは言えない。

でもそれは、あくまで「半分」正解。

じゃあ、残りの半分は?




僕とあなたと、あなたとあなた。

つまり

「人間」じゃない?



今日僕は昼にカツカレーを食べた。

食堂のおばちゃんにカツカレーを注文したこの段階ですでに僕は、間接的に牛を殺したことになるのだ。
もっと言えば、カレーにはコメも入ってるし、ルーの原材料には多くの野菜や果物、植物が入っている。
僕はそれらのいのちを、たったの一回の注文で殺してしまったのだ。

さらにツッコめば、僕はアパートから食堂まで原付バイクで行った。
この原付バイクを走らせたことで少なからず排ガスが出たはずだ。

その微量な排ガス、日本1億人分に換算したら・・・。
世界70億人分に換算したら・・・。

もちろん温暖化は進み、自然破壊へとつながる。

今このブログを机の上で打ってるが、この机の木材もまた、どっかの林から伐採され犠牲になった。

言うまでもなく、林に生息していた動物は居場所を失い、度を過ぎた伐採が行われれば、そこで成り立っていた自然界のバランスが崩れる。


人間が地球のいのちを奪い尽くすのも時間の問題だろう。

これが人間中心主義のなりの果て。

人間のエゴによって、これまでどれほど多くの「いのち」が失われてきたことか。

そもそも「いのちの長さは誰が決めるの?」という問いに対して、「いのち」=「人間のいのち」と無意識のうちに変換してしまったら、それこそ人間中心主義のあらわれ。
おそらく、ほとんどの人が人間中心主義者であるに違いないが。


そう、、問いの答えの半分は紛れもなく、「人間」なんだよ。
知らず知らずのうちに、僕たちは殺“自然”者としていのちを奪ってきたんだよ。
人間って怖いね。



さて、今回の内容に関連して、最後に面白いジョークを紹介しよう。

神様が皆を呼び集め、「お前たちの願望を一つだけ叶えよう」と言った。
皆、思考を巡らせ各々願望を紙に書いて神様に渡した。
神様は集まった紙を見て、いちばん多かった願望を発表した。
「人間を殺してほしい」
動植物一同の願望が叶ったのだった。



考えさせられるものがあるね。

改めて自分の生活・行動を見直してみてもいいかもね。

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